神奈川大学法学部
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学窓からの社会時評

和田 宗久 准教授

  最近、あちこちで「短期的な目標」と「長期的な目標」の使い分けがでてきていない例をたくさん見かける。しかも、たいていの場合、若者ではなく、大人の方が使い分けができていない例が多いように感じる。そして、そんな使いわけのできていない大人たちが「短期的な目標」のまやかしに思いっきりハマっている気がする。
  たとえば、政治家に賄賂をおくったり、問題のある素材を使った食品を製造・販売したりする事件なんかが頻発しているけど、そうしたことを行っている人や会社がまさにそうだ。そういう人や会社は、たぶん、短期的にちょっとしたお金を稼ぎたかったり、得するようなことをしたかったんだろうけど、長い目でみた目標を完全に見失っているといえる。
  たぶん、最近世間を騒がしているような不祥事に関わったような人たちも、はじめは、美味しいものをたくさんの人に提供しようとか、みんなが幸せになるようなサービスを提供しよう、みたいなことを少しは考えていたんだろう。でも、そのうち、それを実現するために考えなければならないことや、しなければならないことがめんどくさくなって、もともとの「長期的な目標」のことなんか忘れたことにして、ものごとを進めていってんだろうと思う。
 まあ、ある意味で大人の態度をとることについて割り切った人たちからすれば、「大人になるといろいろあるんだよ」とかっていういい訳が聞こえてきそうだけど、でも、やっぱり「長期的な目標」、別の言い方をすれば、信念みたいなものというか、前や上の方を向いた強い思いの大切さを痛感させられる。そうした信念や思いの中味は一人一人違うだろうけど、「今よりも少し良くなるように!」とか「後輩や下の世代にいいものを残すように!」といった信念や思いを持ち続けることがすごく大切なんじゃないかと思う。
  そして、そういう信念や思いの土台を作ることのできる場所一つが大学だと思う。
  大学は、基本的には学問をする場所だけど、どこまで学問を極めるかは人それぞれだし、アルバイトをするのも、サークル活動なんかをするのも自由だ。その過ごし方によっては出会う人も全然違ってくるだろう。その上で、中学とか、高校のときから比べると大きな自由が与えられている場で、どんな目標をもって大学生活を過ごし、そのあとの将来の人生に如何につなげていくか、そういうことを時々考えることが大事なんだと思う。それも、別に特定のどんな職業につきたいとかいうのではなくて、「何をしたいか?」とか、「何を長期的な目標にして生きていくか?」という大きなことを。
  もちろん、そうしたことの答えなんて簡単にでるもんじゃない。はっきりいって一応、教壇にたって講義をやってる教員の私だって、「今やっていることの方向性はこれでいいのか?」って悩む事はしょっちゅうある。でも、みなさんも是非そういうことから逃げ出さずに、ときには一所懸命考えてほしい。それで、できれば、そういう悩みを共有できる仲間をみつけてほしい。そういうことをしている人がたくさん増えれば、今世の中を不安にしたり、暗くしているような事件は減っていって、世の中はよくなっていくんじゃないかと思う。っていうか、それしか世の中がよくなる方法はないんじゃないかと思ってる。はっきりいって、世の中がよくなるかどうかは、いい政治家や官僚や経営者が出てくるかどうかじゃなくって、思いっきり皆さんやわれわれの肩に掛かっているんだと思う。
  で、お前の「長期的な目標」は何かって?
  私の長期的な目標は、世の中のたくさんの人が幸せになれるような法制度や解釈を考えた論文を発表し、それが実際の法律や判例の解釈なんかに活かされて、それでみんなが幸せになったかなんて実感できないだろうけど、身近な人たちにお疲れ!って言ってもらえたらうれしいなぁ。。。それでもって、こういう私から学生の皆さんが何か感じるところがあって、将来の糧になってたりしたらもっとうれしいなぁ。。。ハイ、こんな感じで考えてます。んでもって、私も頑張ります!

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