神奈川大学法学部
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学窓からの社会時評

2010年10月

  ルードルフ・フォン・イェーリング(Rudolf von Jhering)は、『権利のための闘争』の著者として、日本でもっともよく知られた近代ドイツの法学者のひとりである。イェーリングは、1818年8月22日、ドイツ北部、東フリースランドの小都市アウリッヒで生まれた。プロイセンをはじめ分立する領邦諸国家が力を増す中で800年以上続いた神聖ローマ帝国が消滅し(1806年)、経済的には重工業を牽引力とした資本主義的工業化が国家の力で促進されてゆこうとする時代である。同じ1818年の5月5日には、南西部のトリーアで『資本論』の著者カール・マルクスが生まれている。 ・・・

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2009年10月

  「日本民法典の父」と称される梅謙次郎は、1860(万延元)年、出雲藩主の侍医の次男として生まれた。1875(明治8)年、東京外国語学校に入学し、フランス語を学ぶ。1880(明治13)年、同校を首席で卒業後、司法省法学校に補欠入学し、フランス法を学ぶ。1884(明治17)年、同校を首席で卒業し、翌年、フランス留学を命ぜられ、リヨン大学で法律学の研究に従事する。1889(明治22)年、学位論文として「和解論」を提出し、ドクトゥール・アン・ドロアの学位を取得するとともに、最優等の論文としてリヨン市よりヴェルメイユ賞を授与された。・・・

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2009年4月

  「難解な法文は専制の表徴である。平易な法文は民権の保障である。」この言葉は、わが国の民法起草者の一人、穂積陳重の言葉です。法が国民の権利・自由を保障するものであれば、何よりもそれは国民に読め、理解できるものでなければならない。・・・

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2008年12月

  箕作麟祥は、1846(弘化3)年7月29日、江戸鍛冶橋内の津山藩上屋敷内に生まれました。この年、アメリカ東インド艦隊司令長官ビッドルが浦賀に来航し通商を求めたのをはじめ、フランスインドシナ艦隊やオランダ船が長崎に相次いで入港するなど、時代が開国へ向かって大きく転換する中での誕生でありました。・・・

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