神奈川大学法学部
TOP > 法学生としてこれを読まずに死ねるか > 青木人志著『「大岡裁き」の法意識 ── 西洋法と日本人』

法学生としてこれを読まずに死ねるか

野澤 充 准教授

青木人志著『「大岡裁き」の法意識 ── 西洋法と日本人』  日本の歴史上、明治維新は、日本の社会のあり方を大きく変えた出来事の一つといえます。西洋の文化・社会制度などが多く日本に流れ込み、日本の西洋化ともいうべき現象が発生しました。当然のことながら、社会と密接なかかわりを持つ法制度も、その多くが、明治維新後に西洋法の考え方を取り入れる形で作られてきたものです。それから100年以上たった現在、日本の今の法制度について、「西洋的」なものである、などと意識されるようなことは、ほとんどありません。
  では現在において「法」は、完全に日本のものとなったのでしょうか?
  形式的に西洋法を受け入れるだけでなく、実質的な内容についても多くの部分を取り入れ、そして100年以上もの時間をかけて展開してきた日本の「法」は、私たちの意識・感覚にも全く合致したものとなったといえるのでしょうか?
  もともと、日本に独自の「法」がなかったわけではありません。表題にもあります「大岡裁き」のようなイメージでとらえられる日本独自の裁判制度・法制度は、まぎれもなく江戸時代には存在したのであり、いうなればそのような日本独自の「法」の社会的環境・風土が存在しているところに、かなり強引かつ迅速に西洋法の内容・考え方が植え付けられたという状況があるといえなくもありません。
  そして、西洋人がもつ、法に対する文化的な意識・感覚と、日本人がもともともっていた、法に対する文化的な意識・感覚とに差があるならば、表面上・文面上は同じ内容の法制度(法律)が置かれていても、その運用や実態は全く異なるということにもなり得ます。事実、日本における「法」というものに対する意識・感覚は──江戸時代における意識・感覚とはもちろん変化してはいるものの──まだまだ西洋における意識・感覚とのズレが大きく、独特のものであるとの指摘もみられます。
  現在、「司法制度改革」と銘打って、法科大学院の開設や裁判員制度などの新たな改革が司法の分野において行われつつあります。これは、私たちの「法」に対する意識・感覚が、再び変化する可能性を秘めているといえるかもしれません。このような時代にあって、あるべき日本の「法」の形を考えるために、まさに今、現在の日本の「法」がどのようにして形作られてきたのか、そしてその「法」に対する私たちの意識・感覚とその「法」の具体的内容との対応関係について、考えていくべきであるといえます。本書は、そのための手がかりを提供するものといえます。法律の前提知識がなくても、比較的容易に読めると思われるので、入学前に(入学後でも)一読をお薦めします。
法学生としてこれを読まずに死ねるか一覧へ

ページトップに戻る