神奈川大学法学部
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法学生としてこれを読まずに死ねるか

小室 百合 准教授

 塩野七生著『海の都の物語 ヴェネツィア共和国の一千年(全6巻)』(新潮文庫2009年)  「公務員になりたい」そういう学生は多いと思います。あるいは、「今の公務員はなっていない。税金から給料をもらっている公務員は、もっとしっかりやれ」そう思っている学生も多いと思います。そもそも公務員とは何でしょうか。実は、法律上の「公務員」の意味は多義的です。一般に「公務員」と言えば、国または地方公共団体の職員一般をさしますが、憲法15条が規定する「公務員」は、国会議員や大臣、裁判官も含みます。もっとも、法律上の公務員がなんぞやという話はともかく、国民1人1人が「公務員にはこうあってほしい」と思い願う姿、公務員の「あらまほしき姿」というのは、人によってそんなに違うものではないと思います。私個人は、公務員という言葉が好きではありません。「公僕」であるべきだと思っています。では、公僕とはどうあるべきか。『海の都の物語』は、いわゆる歴史物語で、小説でもなく、「公僕とは何か」というテーマで書かれた法律関係の専門書でもありません。ですが、私はこの作品を読んでいる時、「公僕とは何か」「全体の奉仕者とは何か」と、常に問われているような気がしてなりませんでした。
  最も印象に残ったくだりの一つは、「マストラート・アレ・アックワ」。水の行政官の話です。この責務を負うことになった者の就任式では、「この者の功績を誉め讃えよ。それにふさわしい報酬を与えよ。しかし、この責任重い地位にふさわしくないとなったら、絞首刑に処せ」と元首が民衆に語ります。現代に置き換えてみて下さい。新型インフルエンザでも、地震被害でも何でもいいです。国民の生命に直結する問題の行政の責任者が選出されたとします。責任者の言うことを、国民は何でも何時でも無条件に聞く。経費も使い放題。但し、国民の一人でも亡くなったら、責任者を日比谷公園で公開死刑にする。決して人道的な施策ではありません。ですが、このような状況で責任者に選ばれた者は、いわゆる「事なかれ主義」で仕事に臨むのでしょうか。それとも、死にものぐるいで事に当たるのでしょうか。何でもかんでも人を死刑にするのは、決して良いことではありません。しかし、リスクを恐れず困難に立ち向かう者より、上手い言い訳を考えた事なかれ主義者が結局は得をするというのが世の常であるとすれば、それもまた決して褒められたことではないはずです。
  著者の塩野七生さんは、リーダー論の論客として、財界の絶大なる人気を得ている作家です。ご本人の意図するところは、純然たる歴史上の物語を紡ぐことにあるのかもしれませんが、さすが、企業経営者の愛読書とされるだけあって、本書は現代ビジネスに直結する話題も満載です。学生の皆さんには、是非、本書を読み通して頂きたいものです。
最後にもう一つ、ヴェネツィアの選挙の仕組みもまた独特です。ヴェネツィアでは、どんなに選挙で多くの信任票(賛成票)を得ても、それだけでは当選できません。ヴェネツィアの国民は、賛成票のみならず、反対票も投票できる。その結果、多くの熱狂的な支持を受けても、それを上回る数の人が反対票を投じれば、結果、当選できない仕組みになっているからです。現代の日本においては、地方の疲弊が叫ばれています。私も、数年前まで某地方に住んでいたので、地方の格差について感じたことは多々あります。しかし、地方の一部の人の絶大な支持を受け、結果、全国の多くの国民がどうかと思う国会議員が多数当選し、多数派を形成する。その帰結として、国会の運営は、国民全体がなって欲しくなかった国会議員によってなされているのではないか。その疑念が個人的にはどうしても払拭できません。学生の皆さんも、いずれ全員が選挙権を行使できる年齢になります。その時には、是非、自分にとって都合の良い人ではなく、日本国全体のことを考えてくれる人だと信頼できる人に投票して頂きたい。それができないのであれば、白紙を投票しに行って頂きたい。そういったことも頭の片隅に置きつつ、本書を紐解いて頂ければと思います。
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